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2014年7月2日水曜日

記事紹介: 子ども向けのソフトウェアを開発している人たちに言いたいです.「小さい子どもにコンピュータを触らせるということ」

言われてみれば当然だがとても衝撃的でしかも面白かったので.



元記事の一部を引用しよう.
元記事には図があるので, そちらも見てほしい.


まず,最初に衝撃を受けたのは,ある子ども(小1で,
3年前ですからタブレットなんて初めて触るくらい)が頑張って部品をドラッグしようとしているんですが,
何度やっても部品をつかむことが出来ないみたいなんです.
何度もやってもつかめなくて,どんどんイライラしてきてます.
彼の指先をよく見たら,その部品の真上を触っているのではなく,
部品よりもっと向こう側で指を下ろして,指の腹でその部品を引きずろうとしていました.
彼のやろうとしていたことはこの図のような感じです.


あと最後の方のこの一文.



僕はまずソフトウェアやデバイスの負けを感じます.
自分たちがいかに特殊な操作法に毒されていたのか気づかされました.
一方で,その特殊な操作法に染まって行く子どもが増えて行くこともまた悲しいです.
彼らの無垢な部分が汚されて行く感じで.


「汚されていく」という強い表現がどこまで適切かはともかく,
面白い視点であることは間違いない.

2013年12月4日水曜日

フィナンシャルタイムズの記事: オンライン大学は米国の教育危機を救えない

『オンライン大学は米国の教育危機を救えない』という記事があった.
元スタンフォード大学教授のスラン氏が立ち上げた「ユダシティー」でオンライン講座を受講していた学生は, 生身の人間による講義を受講していた学生よりはるかに成績が悪く, ドロップアウトする数も大幅に多かった.
中略
そこでオンライン教育の出番, となったわけだ. MOOC を使えば, コストはほぼゼロになる. だが大きな注目を集めたユダシティーの実験のように, 受講者の 90%以上が学習に興味を失ってしまうのであれば, コスト問題への対処を迫られることになるだろう. 興味を失う学生の割合は, 一般の学生の 2 倍である.
中略
■大多数に意欲を持たせることが課題
ここから MOOC について何が言えるのか. テクノ楽観主義者が好んで指摘するように, 今では米議会図書館の蔵書や名門大学の講義を無料でダウンロードできるようになった. 時代に取り残されまいとする年配の従業員, 米軍の予備兵, インドのような国の野心あふれる若者など, いくつかの意欲の高い層ではオンライン講座を修了する割合が高い. だがスラン氏の受講生をはじめ, たいていの人は急速に興味を失ってしまう. 要するに, 米国の教育者が直面している本当の課題は, 熱意の乏しい大多数の人にいかに意欲を持たせるかなのだ. 言うは易く, 行うは難し. 馬を水辺に引いていくことはできても, 水を飲ませることはできない.
このような厳しい世界で成功するのは, MOOC を筆頭にインターネット全般がもたらす無限のリソースを活用する才覚を持ち合わせた者だろう. 残念ながらユダシティーの挫折は, そんな人材が間違いなく少数派であるという現実を突きつけている. 米国の教育危機について, コンピューターで解決できる部分はせいぜいごく一部だろう. コンピューターに比べてカネがかかるとはいえ, それ以外はわれわれ人間が引き受けるしかない.
あまり具体的な数値がないので突っ込んだ話はできないしするつもりもないが, 少なくとも現状, 人の影響力は絶対的で無視できない. 「良い教師」的なアレ, どうしても必要だというただそれだけのことだろう. 道具に遊ばれている感あって, ひどく間抜けという印象.

2013年9月8日日曜日

大学によるオンライン無料講義が出たとしても大学含めしばらく「学校」の意味は失われない

我らが Paul による教育に関するこんなツイートがあった. ちなみに 以前当人から Paul と呼ぶように言われたのでそうした.
オンラインの無料講義はどんどん公開すればよい. もっとも効率化できると思われる大学低学年教育を考えても, これだけ微積や線型代数のわかりやすい教科書・問題集が世にあふれているのに, 独習できてる学生が少ない. その現状を思えば, オンラインですべてが置き換わるはずがないのだ.
かなり前だが MIT かどこかが全講義をオンラインで動画配信しているとかいうニュースを見たことがある. 動画配信にしろ PDF などの配布にしろ, オンラインの教材がいくら充実しても, 少なくともしばらくは従来通りの学校での教育に完全に置き換わることはないだろう. 理由は簡単で, 一人での孤独な学習に耐え切れる人間はそうはいないからだ. また, 従来通りの対面の学習は時間・空間的な強制力が強い. この強制力に代わる何かがオンラインで実現できない限り, 怠惰な人は勉強が進まない. そしてほぼ全ての人間は怠惰なので要はどうにもならない.

後者とも関わるが, 「一人での孤独な学習に耐え切れる人間はそうはいない」という点がおそらく決定的に大事. 友人などと「やはりお前もここは分からないか. 自分も分からなくて困っている」などなど, 色々な形で具体的に共感しつつ共に学べる人が近くにいるのといないのでは精神衛生上大きな違いがある.

やり方にもよるが, オンライン教育だとやりたいところだけやるということにもなりがちな印象があるが, これはあまり良くない. 先々で何が役に立つかは分からない. 現状の専門家が将来に渡って役に立つだろうと思った内容を, とにかく強制で一通り学ぶというのは意味のあることだろう. 情報関係など移り変わりの激しい分野はあるだろうが, 基礎体力として身につけたことはそう無駄にはなるまい.

頭がおかしい人による相当にアレなものもネットには落ちているし, 玉石混交で結構怖いところはある. 大学教員にも時々アレな人はいる. 元はまともだったのに時とともにアレになってしまう人もいる. 大学から出ている教材だからといって無条件に信頼できるものでもない, とか言い出すとまた大変なことになるが, 要は自分の目も磨きつつ一所懸命勉強するしかないということでお茶を濁しつつ無責任に終わりたい.