2013年4月1日月曜日

書評:田崎晴明 熱力学, 清水明 熱力学の基礎


Twitter で何度も紹介しているので, いい加減きちんと書評をまとめておこう. 佐々さんの本は読んだことがないので省略する. 一度話したことはあるが, 講義も受けたことはない. 非常に面白い講義だと聞いているので受けてみたかったとは思う.



それはそれとして書評である. いつも言っているが, 初学者にはまず田崎さんの本を勧める. 清水さんの本は組み上がった理論を整理されきった形で提供するという意味で極めて数学的だ. 物理的な議論は非常に丁寧なのだが, いきなりエントロピーを持ってくる構成からしてもかなりしんどい. 学部上級生から院生の知識の整理には非常によいのだが.

両方の本に共通している良い点は熱力学の位置付け, 重要さをはっきり言ってくれているところだ. その上でそれぞれのアプローチでそれぞれが最良と思う形で熱力学を論じている. 2 冊の間で違うアプローチなのが良い.

端的に言うと, 田崎本は手作りで熱力学を作り上げているという感じだ. 操作的 (力学的) にやっているので, 初学者の取っ付きもよい. 清水本は完成された体系としての熱力学を紹介するという形だ. 一番最初に最も重要な量としてエントロピーを導入し, その様々な姿を明らかにしていく. とても数学書に近いスタイルになっている. 数学書だと一番議論したい部分 (定理や定義) に向けて進んでいくが, 逆にエントロピーという一番重要な量をはじめに出す (ことができる) のが違うが, 瑣末なことだ. その意味で, 田崎さんの本よりもよほど数学的と言える.

田崎本

詳しい内容に入ろう. まず田崎さんの方から. この本と田崎さんは私が自分の専門を決める上でも決定的な影響を及ぼしている. 実際, 修論では田崎さんの集中講義で紹介された Hubbard モデルの強磁性の結果を使って書いた程度である. それはそれとして, この本のよい所は図をたくさん使いながら熱力学を操作的に議論しているところだ. おそらく一番とっつきがいい力学的なイメージを大事にしながら進んでいく. もう 1 つ大事な (しかし突っ込んで考えると難しい量である) 温度を取っているところも大事なポイント. ここで清水本は理論的な完全性をはじめから意識してエントロピーを取っているのだが, やはり温度を使った方が分かりやすい. 温度一定や温度変化がある場合というのがイメージしやすいからだ.

また付録含め, 数学的に議論がクリアなのもいい. (物理的にクリアなのは当然だ.) ときどき学部の低学年で「数学的にいい加減な議論が気にくわない」という学生がいるが, そういう下らない話ではなく, 熱力学では数学的にある程度精密な議論が必要になるからだ. 具体的にいうと相転移だ. 相転移はこの間 Nobel 賞も取った南部さんの業績 (つまり素粒子) でも出てくる話で, 物理学全体で非常に大事な現象といえる. この相転移は熱力学関数の特異性, もっと具体的にいえば不連続性や微分不可能性を使って定義される. 物理だと関数の連続性や微分可能性などはあまり真剣に議論されないが, まさにそこが問題になる. そこをきちんと議論しようと思うと必然的に数学的に精密な議論が要求される場面が出てくる. そうした部分が丁寧に議論されていて, 安心できる. 特に強磁性体の相転移については, 著者の専門どストレートでその経験が十分に反映された出来になっていて, 読んでいて非常に面白い.

清水本との違いとして, 多成分系の熱力学, 特に化学への応用が議論されていることもある. 清水本を読んだ人も, ここだけは別途田崎さんの本を読んでもよいと思う. 高校化学で学んだ内容が大学の物理学科の熱力学でどう料理されるか見てみるという楽しみ方もある.

清水本

田崎さんの本はこのくらいにして清水さんの本の紹介に入ろう. この本ははじめからエントロピーを前面に出して, 理論的な完全性を強く意識している. 田崎さんの本も Legendre 変換を使うことで温度を示量変数 (エントロピー) に変えれば同じく (相転移まで含めた) 完全な議論ができるが, Legendre 変換をかまさないといけないところは難といえば難. しかし清水本はその代償として難易度が高い. 跳ね上がっているといってもいいだろう. Twitter で物理志望の東大の学部 1 年などとも話したが, やはり難しいと言っている. 決して彼が愚かなどというわけではなく, 本当にこの本は難しいが, それだけの内容を扱っているので読破できれば物理の非常の深いところまで見えるようになっているだろう.

この本の特色として物理で理論を作るときの数学的理想化に関する議論がきちんとしているところがある. 例えば熱力学がどのオーダーで成立している理論か, 本来離散的であるはずの物質量で微分するというのはどういうことか, といった疑問にもきちんと答えている. その他にも物理としての熱力学を恐ろしいほど詳しく議論している. 示量変数で議論しないと物理的に不完全なところがあると再三言っているが, それが実際どこでどう問題になるか, ということは例えば相転移の章で詳しく議論されているので興味がある方はそこだけ優先しても見てもいい.

最後に, 終わりの 2 章は圧巻. 相転移については田崎本も十分に詳しくあの本のスタイルで十分に議論されているが, この本はこの本のスタイルで徹底的に議論している. 最終章は修士くらいの学生でないと本当に分からないだろう. 何しろ統計力学や場の量子論との関係を論じている. 場の理論でも相転移が大事ということはここでも議論されている. ちなみにここで出てくる代数的場の量子論はSummer School 数理物理 2013で河東先生が話す内容だ. 河東先生はあくまで数学の人だが, この物理部分に触れられている. ちなみに Summer School 数理物理 2013 の主催者の小嶋先生が脚注で触れられている「小嶋泉氏」だ.

まず田崎さんの本で肩ならし (というと何だか失礼だが) してから清水本にアタックするのがいい. あと, できるなら両方読んだ方がいい. この 2 冊を読めば熱力学については研究者レベルと言っていいだろう. そのくらいしっかりした本なので覚悟を決めて読んでほしい.

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2 件のコメント:

  1.  熱力学を難解にしているのはニュートン力学との対比で学問の導入を行わないことに起因している。
    同じ質点系の力学なのになぜにこんなに違うのかをわかり易く述べる必要があるのに、それを歴史的発展経緯と法則を押し付ける形がとられるのが普通であり、ここでこの学問が何をいっているのかわからなくなる人が多く出る。
     また、経験から積み上げた印象を十分作り上げた後、すこし遅れて、その背後にある数理を「統計力学」として説明し始めるが大多数のファン獲得に失敗した後なので、その数理に追いつく人間が減少する。
     あるいは物質化学で執拗に出てくるexp(-Q/RT)といわれる、アレニウス式(ボルツマン因子)をまたへんてこなラグランジュの未定乗数法で導出しようとするが、こんなものは大気の高度に対する圧力分布の依存性をモデルとして導出するほうがわかりやすい。
     意図的に学問をわかりにくくさせている原因は、国威発揚や宗教的信念を学問に持ち込んでいることにあるのかもしれないが、もしもそうであったら合理性はない。
     ニュートン力学と違うこの質点系の力学はやたらと天文学的に多い質点の挙動を運動量や位置ではなく圧力、温度で語るのだが、何故そうなっているのかを初学者に語るわかりやすいコンセプトが欠落しているのは間違いない。
     それは等確率の原理というコンセプトを導入するしかないと思っている。これはニュートンの明快な確実性の原理と対極な不確実性の原理であり、簡単に言うと未来の運動挙動がまったくわからない粒子群でも、多大な集合体であれば、数学の技法で無限大で漸近する関数群を用いて統計量として予測が可能になるのが物質(原子の甚だ多数の集合体)や統計処理的な人間社会などの基本的性質だという話である。
     等確率の原理は、まさに一瞬先は闇と思える状態を、見事に予測できるシステムに描き出すこともできるし、統計学で中心原理とみなされる、正規分布は等確率の原理から導出される拡散方程式の解であるという金科玉条主義を破壊することができるし、さまざまな産業で日々苦戦するエンジニアの主要課題の一つであるバラツキの原因の本質が理解でき、変な確率密度関数も信じないし、だからといって正規分布に強制的に当てはめることもない合理的なバラツキの制御の態度を身につけたエンジニアができる。そのとっかかりが等確率の原理なのだ。

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    1. 全体的に意味が分かりませんが、熱力学と統計力学への感慨は伝わりました

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