2013年5月10日金曜日

Summer School 数理物理 2013 のスピーカーの 1 人, 九大の廣島先生の Nelson モデルの紫外繰り込み論文を眺めてみた


何度か話題にしている Summer School 数理物理 2013 だが, そのスピーカーの 1 人, 廣島先生の論文が arXiv に出ていたので軽く眺めてみた. Gubinelli-Hiroshima-Lorinczi の Ultraviolet Renormalization of the Nelson Hamiltonian through Functional Integration だ. Lorinczi は汎関数積分による構成的場の量子論で有名な人だ. Gubinelli は知らない人だが, Lorinczi の学生だろうか. 何はともあれこの論文を軽く眺めよう, という話だ. 専門の話題とはいえ, 詳しく読み込んではいないので興味がある向きは自分で追ってみてほしい. 参考文献として Lorinczi-Hiroshima-Betz による本を挙げておこう.


当たった文献を全て細かいところまで読み切れていないので. 実際どうなのか分からないのだが, 時々 1 体だけしか扱わない論文もある中, \(N\) 体系に正面から取り組むようだ. 前, QED の繰り込みでは \(N\) 体を扱うの大変とか見た覚えがあるので, 場合によっては多体系にするのがまだ本質的に難しいこともあるとぼんやり思っている.

扱っている Nelson モデルだが, これはスカラー中性子とボソンの結合系をモデル化していることになっている. スカラー中性子って何だ, という向きがあろうが, とりあえずそういう人工物を扱っていると思ってほしい. こういう人工的な系を考える理由として, 一番は数学的な単純化のためだ, スピンが効かないところだけを見るのだ, と強弁する. もっと積極的には, 今回のように発散処理にだけ集中したいから. 余計な要素があるとそこの処理までしなければいけなくなって, ただでさえきつい話がさらにきつくなる. そして読む方の負担も飛躍的に増える.

実はこの Nelson モデルの Nelson は 2011 年に The Inconsistency of Arithmetic で話題になった Nelson だ. 今は基礎論あたりにいるが, 元々構成的場の量子論にいた人だ, という小ネタをはさんでおこう.

またこのモデルの別の由来も挙げておこう. 例えば, QED でポテンシャルの 2 次を落としたモデルはこれになる. (もちろん正確には電子のスピンを無視している. ) QED の 2 次を落としたモデルは Lamb シフトを摂動ではじめて説明した論文で使われたので, QED からの意味もある. また, 電子-フォノン系と思ってもいい. この観点から Nelson モデルを見る, というのが私の主戦場だ. 正確には連続系は扱わないで格子系, Hubbard を扱っているのだが, それはもちろん相転移が見たいからだ. 念の為に言っておくと, この時点で上に書いた, 物理として QED の近似だというのがかなりつらい話になる. なぜかというと, 電子-フォノン系だと電子間に実効的な引力が発生する場合がある. QED ではこんなことは起きないので, 引力が発生しているとすると, 本来の QED では起きない現象が起きる可能性があって, モデル化がまずいという話になる. もちろん色々な系に適用するためには, 電子-フォノン系での結合定数はある程度一般にしておく必要がある一方で, QED なら結合定数は定数なのでその辺も色々あるが, その辺は純粋な物理の人の方が遥かに詳しいのでそちらに任せる. あと, 実は非平衡統計のモデルとしても使われる. 小さな系と熱浴の相互作用のモデル化に相当する. この線だとよく平衡への回帰 (return to equilibrium) という問題を議論する. 一部物理的にどうなのそれ, という話もあるが, 物理としては QED , 物性, 非平衡が, 数学としては作用素論, 作用素環, 確率論が交錯する面白い分野だ. 物理として問題を少し変えただけで対応する数学を変える必要があったり, 逆に全く違う物理に同じ数学が使えたり, さらには物理として同じ現象が違う数学ではどう見えるかを調べるなど, 数学, 物理, 数理物理としての見方, 研究ができて面白い.

脱線しまくったので本題に戻そう. 1 章ではモデルを定義している. Hamiltonian の定義などは, 比較的物理の人にも見やすい形式的な書き方も出している. 数学的に正確な書き方については新井先生の本の 12-13 章を参照してほしい.

 
(1.3) で \(\phi\) を実にするのを疑問に思う数学の人がいるかもしれないが, これは汎関数積分を使うときにはよく課す条件だ. こうすると Segal の場の作用素が可換になって色々と扱いやすくなる. 詳しくは上の本なり新井先生の本を読もう.


今回の論文の目玉は「電荷」分布の \(\phi\) を \(\delta\) 関数にする, つまり点電荷極限を扱うことにあるようだ. これは物理として自然な設定なのだが, 数学的に言うと死ぬ程扱いづらい設定になる. 物理として自然な設定が数学として死ぬ程扱いづらいというのはよくある話で, ここの戦いが数理物理本陣となる. 物理の人は当然数学としては適当に処理するが, かといって数学の人はやるモチベーションがない. そもそも数学的に本当に面白い保証もない. 面白い現象があることを示し数学者を巻き込むには数理物理の人間が実際にそれを示すしかなく, つまり我々の戦いはここからはじまる.

P3 に主結果が (1), (2), (3) としてまとまっている. UV カット (女性用化粧品の話ではない) をどうつけて, それをどう外して紫外発散を制御するか, 繰り込み処理するか, また抽象的な存在問題で終わらせず具体的にどう書くか, というところが問題だ. そこで汎関数積分を使う, というのがこの論文. ちなみに, 赤外発散しかまだやっていないが, 私はここで数学として作用素環を使っている.

論文にあるように, 単なる紫外発散だけなら, 1964 年に既に Nelson が処理している. 紫外発散処理は一応できることが分かっていたので, 赤外発散に集中していた (そして恐しく難しかった) というのが歴史的経緯になる. ここでは数学としては作用素論的に処理している. Nelson は Gross 変換というのを使っているのだが, これは私も修論でお世話になった. そしてこの論文では Gross 変換を使わないらしい. 前, Nelson タイプのモデルの紫外発散に関する [HHS05] の論文では, 作用素論的な手法で Gross 変換を使っていたはずだが, 今回はかなり違うらしい. この論文も読むのつらくて途中で投げた.

P4 (1.6) がこの論文でのキーになる (とはっきり書かれてている). 正確にはこの経路測度表示. 汎関数積分表示の何が大事かというと, 作用素の情報が具体的な関数で書けることにある. 作用素を直接扱うのは骨が折れる:ベクトル (関数) に対する作用しか見れず, その作用にしても作用前後で関数が大きく変わるからだ. 微分を考えると分かるが, 作用前に関数の大小関係が \(f < g\) だったとしても, 微分した後にどうなるかは一切分からない:反転することもあるし, 各点ごとに振る舞いが変わることもある. そういう作用素の特性を調べるのに, 具体的な関数を使えるというのは非常に大きい. ここでは内積の積分表示だが, 作用素そのものを直接積分表示で書く場合もある. 例えば反磁性不等式などが強力になる. 反磁性不等式は単純な作用素論では期待値を取ったあとの関係式になるが, 汎関数積分表示を使うと積分核による各点の評価に持ち込むことができ, 強い評価ができる.

(2) に関しては技術的な話っぽいので省略. 確率積分がどうの, とかそんな話.

(3) が個人的に面白い. 弱結合の極限で湯川ポテンシャルが出てくるという話. 実効ポテンシャルの評価がきちんとできる.

論文全体で 3 次元を仮定しているが, 結果自体はどの次元でも成り立つとのこと. 時々, 3 次元に特化する代わりに最大限シャープな結果を出す, という論文もあるので, こういう部分は注意して読みたい.

2 章に進もう. はじめにポテンシャルに関する制限 (仮定) が出てくる. \(V\) は有界連続とのことで, Coulomb ポテンシャルが含まれない. 特異性があるからやるとしんどいのだろうが, やはりこの拡張はほしい. 定理 2.2 で Hamiltonian を繰り込む. あとは定理の証明に向けてごりごり頑張る, という感じで章が終わる. さらっと書いたが論文の本体で P22 まで続くハードな解析だ.

3 章で実効ポテンシャルの話になる. ここでは分散関係を \(\omega_{\nu} (k) = \sqrt{k^2 + \nu^2}\) と仮定している. ここは既存の結果も使いつつ, 比較的さらりと終わる.

途中で Euclid 場の話も出るが, 付録に簡単な解説がある. 興味がある向きは Lorinczi-Hiroshima-Betz の本か, 新井先生の本を読むといい.

 
論文の本体はハードアナリシスで私が知らない (そして勉強したいとずっと思っている) 確率解析なので, あまり何もコメントできない. よく分かっていないのだが, 電荷分布を点極限にしているから紫外だけでなく赤外切断も外していると思っていいのだろうか. それならかなり強力な結果と言える. ハードパートを追っていないのでどこで有界連続性が本質的に使われているのか分からないが, これを完全に加藤クラスに持ち上げられると嬉しい. 加藤クラスには当然 Coulomb が入っている.

あと別件というか私がやるべきタスクだが, Hubbard-フォノン系で同じ結果を出したい. これは特に無限体積 Hubbard で確立したい. あとは温度を入れたときの振舞いか. Nelson でも平衡への回帰が大事だが, Hubbard では平衡統計というか物性としての意義がある. というか, 最近研究さっぱりやっていないし, Summer School 数理物理の前に 1 年以上放ったままの論文書き上げたい. 動画も作りたいし, したいことたくさんある.

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