2013年2月1日金曜日

書評:数学者の視点



今回は深谷先生の「数学者の視点」だ. 滅茶苦茶面白いので, 私の書評など読んでいる暇があるならまずは買って読め, といいたいくらいだ. 私の幾何学への憧れは深谷先生への憧れと言ってもいいくらいにこの本は気に入っているし影響も受けている. 名言も色々あるので, それを採り上げているだけでも楽しい本だ.

まえがきに書いてあるのだが, とてものんびりした調子で書かれている. 深谷先生と一緒に散歩でもしながら語りかけられているような感じで, 何度読んでも楽しい.

数学について良く言われることに対し, 数学者として経験した研究・教育的観点から語られる話は 深谷先生にしてもそうなのかと思うことあり, 分野外の人が語る姿との数学者の実感の乖離といった話もあり バラエティに富んでいる.

Amazon での他の方の書評でも「4 次元が見えるか」という話題について書かれているとあるが, この部分は冒頭で書かれている. 少し引用してみよう.
ポアンカレの『科学と方法』の中に, 空間認識について書かれた部分がある. ポアンカレの結論は, 簡単にいえば, 三次元空間において暮らした経験 (つまり自分が空間内で 運動し, それが視覚や触覚と結びついた経験) が空間認識を作るというものであったように思う. これとカントの先験的認識云々との関係など論じた哲学者もいたようだ. しかしポアンカレがこれを書いた当時, まさしく高次元の幾何学の中心となるべき数学, すなわち位相幾何学を建設中であったということを, 哲学者たちが知っているかどうかは定かではない. 
ポアンカレにとって, たとえば四次元の空間がはたして「見える」のか, というのは, 認識論の問題というより, 高次元の幾何学をいかにして建設すべきか, という実際的問題であったはずである.
こうした数学者から見た見解が真正面から書いてある飾らない文章は, 数学セミナーといった 専門雑誌でなら読むことはできるが, 雑誌に書いてあるだけではあとで参照するのが難しいし, そもそも雑誌自体手に入れるのも難しい. その意味でこのように本にまとまっているというのは非常にありがたい.

ブルバキに関するところも面白い. ファイバーバンドルの定義について下記のような文章がある.
強調しておかなければいけないが, これらは決して複雑な概念ではない. このたくさんの条件の幾何学的な意味は, 明確かつ単純である. そうでなければ, これらがそんなに基本的な概念になりうるわけがない. しかし定義を (ブルバキ流に) 書くと長くなる. そんなわけだから, 多様体の定義をいくら論理的に正確に書いても, 多様体が理解できるわけではない.
ここも結構大事な指摘だ. 良く「数学は論理的に厳密な学問で~」と言われる. そしてブルバキ流の記述は正に論理的に厳密な書き方だが, その書き方で正確に書いたところで理解に繋がるわけではないと, 数学者が 明確に言い切った文章はなかなか見ない. なかなか, といったのは他に少なくとも 1 つ見たことがあるからで, それは飯高先生の文章だ.



上記の本の Amazon のレビューにもあるが「皮膚的理解が大事」と言っている. 手元にないので正確に引用できないが, これも非常に面白い文章だった記憶がある.

深谷先生の本に戻るが, このあとにある「厳密性と理解可能性のジレンマ」という節が 数学者, 少なくとも数学学習者の実感をとても良く表していると思う. 是非買って読んでほしい.

「6. 数学の難しさ」にある「難しくて専門家にしかわからない」という節の記述も良く言われる話だが, 最終部の森さんの話を引いてある部分はやはりプロの数学者の実感のこもった文章として 特徴的で印象的だ.

歴史で邪馬台国がどこにあろうとどうでもいいが, これらの説の比較検討については 素人であっても楽しく読めるのに, 数学でそれをするのが極めて難しいということに続き, フィールズ賞を取った森さんの理論を理論を理解するのは数学者であっても難しいということが書いてある. それが次のように締め括られる.
京都での国際数学者会議での森氏の講演は, 専門家には当たり前のことしか言わないと不評で, 専門外の人たちの間での方が評判は良かった. 自分が心血注いで考えたことを数学者の前ですらほとんど話すことができないのは, まず森氏自身が至極残念に違いない.
これについては数学を学んだ者にはとても実感を持って感じられるのではないだろうか. 学部 4 年で専門に分かれるくらいで, それまで机を並べて同じ事を学んできた 友人間でもだんだん数学的な会話が難しくなってくるのではないだろうか. 私自身は修士から数学なので学部段階での話は分からないのだが, 物理だと本当に細かいところは分からなくても, 何となく人の研究の話も ある程度分かる気はするが, 数学だと同じ研究室の人達の話ですら 理解できる気はしないし, 実際無理だった. 各人がかなり適当に好き勝手にやっている研究室だったので, ある程度研究内容にバラエティがあり, かつ私が物理出身で数学的な知識が 少ないということを差し引いても足りない程度に数学で他人の話を理解するのは難しい.

「8. ダーティー数学」の章も名言が連発されていて滅茶苦茶面白い. 「高貴な貴族の数学とダーティーな庶民の数学」という言葉が出てくる. 本でも強調されているが, ダーティーな数学というのは悪口ではない.

これ以上書いていると全文引用してしまいかねない勢いなので この辺で自重しておくが, とにかく面白いので買って読んでほしい.

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