2013年2月12日火曜日

書評:数学まなびはじめ 第 2 集 原田耕一郎


前から持っていた本だが『数学まなびはじめ』を久しぶりに読み返したらやはり面白い.

 

特にいわゆる大御所の話は往時が偲ばれる他, 昔のエリート教育の様子が分かりそれもまた興味深い. ある人の追想で別の人が出て来るあたりも面白い. 先日数学セミナーで追悼の特集が組まれた小林昭七先生の文章もある. 個々の話にそれぞれ面白いところがあるので, 気儘に紹介していきたい. 初回は第 1 集の深谷先生でも良かったのだが, 第 2 集の原田先生の回想にする.

何はともあれ第 2 節を読んでほしい. 第 2 節は全文引用したいくらいだが, とりあえず冒頭部を引用しよう.
数学者を志す学生に伝えたいことがひとつあります. 「伝えたい」と言ったのは言葉を選んだのです. 「意見を言いたい」とか「教えたい」とうほど私から強く働きかけているのではありません. 私の言うことを「信じてほしい」というほどの意味を「伝えたい」という言葉に託しているのです.
その伝えたいということは「学生時代 (大学院も含めて) の数年の間になにかで世界一 (世界一のもの知りでもよい) になろうと思いなさい」ということです. ここで「学生時代の数年の間に」というところが大切です. ですから「リーマン予想を解いて世界一の数学者になりなさい」と言っているのではありません. もっともっと身近にあるものでよいし, また勤勉に努力すれば本当に世界一になれそうなことでないといけないでしょう.
中略
食事をしているときも, 通学電車に乗っているときでも, 「どんな小さいことでもよいから世界の誰にも負けないようになりたい」と思い続け, そう思い込むことです. 「そうしなければ, 自分の存在価値はまったくない」と思い込むことができたらもう成功したようなものです.
学生時代にこれを読んで深い感銘を受けた. 自分もやってみようと実際に思ったし, やってみせたとも思っている. 色々あって修士論文の結果を分野の大家である Spohn に聞いてもらったのだが, その中で「Nice observation!」と言ってもらえたことや「その結果は出版しないのか?」と言ってもらえたことは非常に嬉しかった. 構成的場の量子論と厳密統計力学の狭間にある非常に狭い部分で, そもそも世界的に専門家が 10 名ほどいないところだが, 逆にいうなら, 私は粒子-ボソン場の相互作用系の数理物理では世界のトップ 10 に入っていたし, 他にやっている人がいないというだけであっても, 私の修論の結果は今でもここでナンバーワンでオンリーワンのはずだ.

とにかく第 2 節がよいので, そこを読んでほしい. これだけでも第 2 集を買う価値があるくらいだ.

ちなみに原田先生は有限群で世界的に有名な数学者だ. これ (PDF) などを見てほしいが, 26 個しかない散在型有限単純群の 1 つを発見したことは偉大な業績である.

どこがどうというよりも第 2 節が一文一文気に入っているのだが, きりがないので最後の部分を再度引用して終わりたい.
この 25 年ほど一度も開いたこともない私のホールとシニアーの本を取り出してみました. ページを繰って最後にきて, 本当にびっくりしました. この本は自分で買ったとばかり思い込んでいたのですが, 実は数学科の同級生がお金を出しあって私のために買ってくれたものでした.
友人の署名が円型に 13 個書いてあります. 中略 そして落合卓四郎君, 堀田良之君の名もあります. 飯高茂君は「幸福はまず健全生活から, 早寝早起き, 奥さん孝行」と添え, 杉田公生君は「人生に一度位本当に嬉しいと思う時がありたい」と添えてくれました. 秀才のほまれが高かったのに若くして自らの命を断ってしまった新谷卓郎君の署名はしばらくジッと見てしまいます.
(上記引用の) 最後の一文などはむしろこちらがじっと見入ってしまう.

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