2014年2月2日日曜日

学習院での江沢洋先生の講演会「Bohr の原子模型:革命から百年」に出席してきたので

学習院での江沢先生の講演会に出てきた. なかなか面白かった. 江沢先生だけでなく, 早野先生の初観測に成功したのも収穫だった. 早野先生と私, 2 人だけ和服だったので勝手に親近感を覚えてきた方の市民だった.
田崎さんによる江沢先生の紹介で次のコメントが爆笑だった.
英語もドイツ語もフランス語も読み書きでき, 科学のあらゆる分野に精通している. 習わなかったのは時間を守ることだけ. 前回仁科の講演会で喋りきれなかった部分まで含めて今回喋ってもらおうと思って企画した.
話としては 1913 年の Bohr の論文を振り返ろうという話だった. Bohr の論文は今から見ると非常に革命的だったが, それは当時ではどうだったのかという話が展開された. 以下感想を書くが, 私が講演内容を勘違いしている点などもあるかもしれない. 間違ったことが残り続けるのは死ぬ程恥ずかしいので, 何かあればご指摘頂ければ幸いだ.
よく 1905 年, 奇跡の年の Einstein の光量子・光電効果論文が革命的といわれる. 当時としては Einstein も駆け出しで誰もまともに話を聞くわけがない, というあたりからスタートした. (実際にはその前に 1900 の Planck の話もしている. ) よくある「教科書のように綺麗に話が進んだわけではない」という系統のアレだ.
1913 年に当時物理が盛んだったイギリスはケンブリッジ, Thomson のところに渡ったそうだ. デンマークは当時物理的には田舎だったそうだが, 現在のデンマークはどうなのだろう. Thomson は忙しくて相手にしてくれなかったのでマンチェスターの Rutherford のところで実験をやったらしい. 原子の太陽系モデルの提唱者だから, それでその辺の原子構造への関心が生まれたとか何とかいうことだった. この実験的な研究で色々な原子内の電子数を測定する仕事をしたらしい. 原子内電子数の測定というの, 周期表の時点で既にかなりよく分かっているのだと思っていたので結構びっくりした. 実測ということになるとまだまだだったということだろうか. たった今頭をかすめた質問なのだが, 聞いておけばよかったと後悔している. 江沢先生に会う機会, そうそうあるものではないし.
メモが雑で泣いているが, 同僚の Hansen から Balmer 公式 (1884 明治 17 年) を導出するという問題を出されたらしい. Ritz の結合原理 (1908) 年をどう出すかという話で色々あったとのこと. 当時未発見の Lyman 系列も予言していたりと刺激的な予想だったのだと思う.
Bohr は Ritz の結合原理と光量子と結び付けた.
これ自体は Planck もやったそうだ.あまり考えたことがなかったが, エネルギー保存の式というのを聞いて「ああそうか」と.
追記
田崎さんから次の指摘を受けた.
@phasetr 「これ自体は Planck もやったそうだ. 」は違うと思います. P がやったのは, (調和振動子の) 準位間の遷移でのエネルギー差と光子の振動数を結びつける部分で, それを水素原子のスペクトルと結びつけたわけではないとぼくは理解しました.
何と書き直せばいいのか分からず, 一方で田崎さんのコメントで十分んだろうと考えて上の記述は単純に削除とした.
追記終わり
水素原子の話に移っていく. 今回の Bohr の話では水素原子でないと成り立たない話がたくさんあったようで, 「自然は教育的である」ということがたびたび強調されていた. 原子内電子のエネルギーの式 (\(n^{-2}\) に比例) は正に水素原子の束縛状態のエネルギーだし, 確かにそうか, という感じはある. あとでふと思いついたので講演後に「水素原子でうまくいって He や Na の話があったはずだが, それにあまり触れなかったのは何故か. 実際にあまり研究されなかったのか. 研究されていてうまく行っていなくて Bohr の話だけがうまくいっていたということか. 上手くいかなかったとしたらそれは何故か」などと質問した. 理由はフェルミオンの統計性が本質的に効いているからだ, それはきちんと話した方が良かったかもしれない, とのご指摘を頂いた. He や Na の話に行かず水素原子でだけ色々うまくいっていたというのが非常に面白い.
前期量子論というか半古典論というか, あの辺は本当に頭がおかしくて凄い. 一方で, 悪戦苦闘の様が後世まできちんと殘っていてそれ自体が現在の教育にまで本当に顔を出しているというのは本当に面白い. 教官陣も皆面白くかつその悪戦苦闘の様を伝えることにも教育的効果はあると思っているのだろう. 確かに面白いが, その辺の話をしているといわゆる論理的一貫性とでもいいような要素は少なくなるし, 時間的にも講義で触るのは厳しくなる. その辺をどうカバーするのか, きちんと考え直した方がいいような気もする. 観測というか量子情報関係, 最近の, 少なくとも物理学科の量子力学ではどのくらい触れられるようになっているのだろう. そういうところも無性に気になったがあまりどうしようもない感ある. とりあえず自分は数学の方で色々頑張ろう.
田崎さんが角運動量に量子条件がかかるところで定数のファクターに \(2\pi\) がかかるのは何故か, という質問をしていた. 詳細を省いているので, ブログを見ている人にはこれだけだと何のことやら的なアレだろうが, とにかくこう色々あった. 実験データの誤差とかある中で何故ファクターを \(2 \pi\) に置いたのか, 調べてもあまり出てこなかったようで, 結構謎らしい.
Bohr の革命的な点として定常状態や量子遷移があげられていた. 確かに革命的というか頭おかしい. 具体的には下記のような点だ.
定常状態.
  1. 初期条件に応じて運動は様々: Newton 力学を否定.
  2. 電荷が加速度運動すれば輻射を出す: Maxwell を否定.
量子遷移:
  1. 輻射の振動=波源の力学的振動数, Maxwell の否定.
  2. 因果律の否定: 電子は予め行き先を知って輻射の振動数を選ぶ? どの準位に行くのかのか理由がない.
    1. Rutherford (1913), 寺田寅彦 (1924) に指摘した問題.
改めて見るとやはり大分頭おかしい.
早野先生が写真を上げていたが, Ehrenfest が爆笑コメントを出している. 早野ツイートをリンクしておこう.
  1. https://twitter.com/hayano/status/429478315359883264
  2. https://twitter.com/hayano/status/429490935919951872
  3. https://twitter.com/hayano/status/429491436128440320
1913 P. Ehrenfest: 「これが理論なら私は物理をやめる. これは怪物だ (1916) 」
P. Ehrenfest (1918): Bohr 理論の熱烈な支持者になる.
Ehrenfest, 断熱定理などで色々試行錯誤した結果, 結局 Bohr 理論の支持に回ったという話だった. ただ, 断熱定理が成り立つのは前期量子論・半古典論の枠組みの中だけであって, 完成された量子力学ではまるで成り立たないのも示唆的という話を田崎さんあたりがしていた.
Langmuir の実験値に関する話も面白かった. メモしていなくてしかも忘れてしまったのでアレだが, ある物性の測定値があったそうだ. Bohr の計算結果と合わなくて (2 倍程度のずれがあった) Langmuir が測定し直したところ, Bohr の値に近い値が得られ, Langmuir が Bohr を賞賛したという話. ただしその後, 裏話として実際には Langmuir が先に得ていた値の方が正確な値に近くて, 色々な歴史的経緯というか勘違いというか, そういう要素も色々働いていたということだった. 江沢先生から「ここから得る教訓として, 理論家は実験家を信用してはいけない」という話をされていて会場の笑いを誘った.
Sommerfeld の量子条件の拡張で, Bohr は終始円軌道でやっていたようだが, Sommerfeld は楕円軌道に拡張した, という話をしていた. そういえば Coulomb に従っているなら楕円軌道であるべきなのに何故か量子力学の本では円軌道しか見ない. Sommerfeld は軌道が閉じない相対論的な電子論でも使えるように議論していたらしく, なかなか凄いことをしていたらしい. ここで「 Bohr が円軌道だけ考えて正しい \(E_n\) を出した理由: 自然は教育的」という今回何度も出てきたフレーズが出た.
色々飛ばすが, 革命後の量子力学ということでいくつかまとめが出た. 冷静に眺めると (古典論からは) 大分頭おかしい.
de Broglie の物質波も大分アレという話になった. そういえば de Broglie の物質波, 結局どういう話なのか正確に理解していないことを今回改めて思い知らされた. 勉強しないといけないのだがさぼりまくって今にいたる.
また, Schrodinger のセミナーで Debye による次のようなコメントがあったという. 「位相はあるが振幅がない. 」 「波動の話をしているのに波動方程式がない. 」 「こんな議論は Child play である. 」 これに応えて Schrodinger 方程式を出したとかいう話もでた.
井戸型ポテンシャルだと Bohr の理論は全然使えないので, 水素原子で議論していたのはいわば幸運でここでも「自然は教育的」という言葉が飛び出た. これも実際に質問したのだが, 井戸型ポテンシャルがいつ頃から出てきたかという話で, 1926 年とかそのくらいから既に出ていたらしい. 普通の物理の本だと何の前触れもなくぽんと出てきてトンネル効果と絡めて出てくるか, こんな頭おかしいのが何でどうして物理学に出てきたのかよく分からなかったので, 追加で江沢先生に聞いてみた. 不勉強なもので知らなかったのだが, Gamow が 1926 年頃に \(\alpha\) 崩壊の理論を提出していて (有名らしい), そこでいわゆる井戸型的なポテンシャルを議論していたので結構古くから議論はあったらしい. 井戸型のところを原子核と捉えて考えるというコメントを頂いた.
あと質疑応答も活発で色々面白かったが, Bohr が量子論に行ったきっかけとしての Bohr-van Leuuwen の定理への言及があった. Bohr-van Leuuwen の定理は知っていたが, Bohr が古典論の限界を認識したポイントの 1 つとして認識したことはなかった.
追記
ピカチュウパイセンから次のようなコメントを頂いた.
  1. https://twitter.com/aki\_room/status/430126562323615744
  2. https://twitter.com/aki\_room/status/430126924262699008
  3. https://twitter.com/aki\_room/status/430127138268651521
@phasetr 講演会の最後は 1925 年の行列力学と, 1924 年のドブロイ波・ 1926 年のシュレーディンガー方程式でしめられていたけど, 水素原子のレンツベクトルに関するレンツの仕事は 1924 年らしく, どういう風にやったのかちょっと気になった.
@phasetr フランクヘルツから行列力学までの 10 年間くらいはかなりアツい 10 年だったのではないかと思う. その後の進展も面白いけど, 1925-26 で一段落なのではないかと思っている.
@phasetr なお, レンツベクトルに関するレンツの仕事は 1924 年らしく, というのは, この pdf http://maildbs.c.u-tokyo.ac.jp/~kuniba/atsuo/LRLvector.pdf を参照.
追記終わり
あと, 折角だと思ったので田崎さんと江沢先生に献 DVD してきた. 田崎さんはともかく, 自分野の超大御所である江沢先生に DVD 渡してくるというの, 無謀力溢れる. ピカチュウパイセンからも次のようなコメントを頂いた.
相転移 P が田崎さんに DVD 渡しているのを見た時には「よくやるなぁ」くらいの感想だったが, 江沢先生にも渡しているのを見て「おぉ……よぉやるなぁ……」くらいの感想になった.
@aki_room その後, 田崎さんが江沢先生に相転移 P を紹介していたけど, 流石に「この人は相転移 P と言いまして…」という紹介でなかったのでなんかちょっと安心 (?) した



楽しかった (完).
追記
田崎さんからもコメントがあった.
"@aki_room 相転移 P が田崎さんに DVD 渡しているのを見た時には「よくやるなぁ」くらいの感想だったが, 江沢先生にも渡しているのを見て「おぉ……よぉやるなぁ……」くらいの感想になった. "
おれも.
市民は無謀力が違う.
追記終わり

追記
田崎さんのツイートから江沢先生のスライド公開の案内が出ていた.
【江沢洋先生講演会】 Bohr の原子模型:革命から百年 2 月 1 日の講演会の案内ページを簡単な記録のページに書き換えました. 江沢先生にお願いして, 講演スライドも公開! http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/events/Ezawa20140201.html
早速スライドもダウンロードしておいた.

2 件のコメント:

  1. ボーアの来歴は
    大月書店
    オックスフォード科学の肖像 シリーズの「アーネスト・ラザフォード」
    ISBN 9784272440559
    にもでていますね。記述とあっています。

    このまとめ、大変よかったです。来期の講義をどう進めるか、頭を抱えています(笑)

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    1. お役に立てたようで何よりです.私も論文にしたい計算が立ち行かなくて日々泣いています

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