2013年4月6日土曜日

Hilbert 空間から始めるよく分からない数学 5 やや番外編 何で線型代数で連立一次方程式扱うの?

先日, 数学科 (志望の) 大学新入生が線型代数で連立一次方程式扱うの, あれ何なの, 何の意味あるの, という風なことを呟いていた. 究極的には「数学を学んでいくうちに分かる. むしろある程度やらないとどうしても大事だ, という感覚は掴めない」と言わざるを得ない部分がある. ただ, そう言って初学者が持つ当然の疑問に (できる範囲で) 答えないのも問題だ. それも数学科の学生ともなれば尚更. というわけでできる範囲の返答をしてみよう.

次の二本立てとしよう.
  1. 連立一次方程式.
  2. 線型性という視点の獲得.
私の知る範囲ということでだが, 前者は応用向き, 後者は数学としても大事だが, 数学以外にとっても決定的に大事だ. 少なくとも数学科としては 2 を学ぶために取っ付きがいい題材として連立一次方程式を選んでいるというのが一番ではないか, という気がする. Hilbert 空間から始めるよく分からない数学に組み込んだのは, この 2 の部分の役割の説明にもなるからだ.

まずは当初の疑問に対して, ということで連立一次方程式についてだが, これについて私が直接知っているのは例えば微分方程式の数値解法との関係だ. コンピュータはダイレクトに連続量を扱えない (らしい) ので, 微分方程式という連続的な対象を適当に離散化して数値計算に落とし込むようだ. 全てかどうかまでは勉強不足で知らないのだが, 少なくとも線型の方程式なら連立一次方程式に帰着する. 応用上, シミュレーションなどは大事なので, そこで微分方程式を解く必要があり, そういうところで基本的な役割を担う.

あと, 数学的なところでいうなら, 取っ付きの良さが挙げられるだろうか. 連立一次方程式という「簡単な」対象を題材に線型代数の基本的なところを学ぶというのは, 1 つの見識と言えないことはない. 抽象論に行く前に具体的なところで感覚を掴むことは大事だから. 連立一次方程式を解く中で色々な代数的特徴の幾何的な解釈も交じえながらやると, またもう少し視野も広がる. ただ, これだとあまり何の意味があるの, というところに答えられている気はしない.

少し話は変わるが, この辺, 私が半端に物理から数学に行ったためにあまり数学科の教育事情を知らないので困るのだが, 実際のところ数学科での数値計算やシミュレーションの教育はどうなっているのだろうか. 組み合わせ論や計算代数などコンピュータ上でも厳密な計算ができる対象については, 実際に研究でも使われることはあるようだが, 微分方程式などの近似計算としての利用の場合はどうか. 元京大で早稲田に移った西田先生 (衝撃波の専門家と聞いている) は数値計算援用証明の開拓という部分もこめて, 数年前に解析学賞をもらっていたので, この辺の教育も充実しつつあるのかもしれない. ちなみに私はといえば, 学生時代全くプログラミングはやっていなかった.

2 の線型性という視点の獲得というところについて考えよう. 上で「線型の」微分方程式という話をしたが, 微分方程式という「代数」とは一見全く関係ないところにその名前が出ているところからして既にやばい. 解析学の話題の中にも線型性という視点が自然に入り込んでいる. このように数学を学ぶ上で線型性というのは基本的な見方, 言葉として決定的に重要なのだ. 例えば私の数学上の専門だが, 微分作用素 \(d/dx\) は線型写像 (普通線型作用素という. 物理だと線型演算子という) だし, 積分も線型写像と思える. この辺を徹底的にやろうというのが作用素論だ. 量子力学との深い関係もあり, 正にそこが私の専門になっている.

色々あって簡単に話しきれることではないのだが, 他にもいくつか例を挙げておこう. 線型代数の対象は線型空間とその上の線型写像だが, 群の表現論では群を線型写像に写し取って研究する. 群という別の代数的対象を線型代数を使って調べるということがある. 線型代数をフックにしているので, 線型代数の理解は前提としてある. また, 群が特に Lie 群になっているとき, この Lie 群を線型化した対象としての Lie 環という対象がある. 「線型化」という手法があると言ってもいい.

触れていると大変なことになるが, 群の表現論も物理への応用がある. 無限次元ユニタリ表現論は量子力学の基本と言ってもいい. これ自体は知らなくても物理は余裕でできるが, 一応使ってはいるので言葉くらいは紹介しておこう.
また, 線型代数の発展として加群というのもある. 加群も色々なところで出てくる. 大学 1 年には無茶な要求だが, 線型代数は係数が体になっているのだが, 加群は係数を環にしている. これのおかげで (数学内部での) 応用の幅が大きく広がる. 第 3 回の関西すうがく徒のつどいで聞いたが, ホモロジー代数への応用ということでいうなら, 最近は画像処理などへの工学的な応用もあるようだ.

加群の話はありとあらゆる意味で全く知らないのだが, 聞いたところによると射影加群はベクトルバンドルと言った幾何の話とも深い関係があったり, \(D\) 加群という代数解析での大事な対象が正に加群だったりする.

うまく答えられている気は全くしないのだが, まとめると, 線型代数は線型性という視点の獲得が一番大事なことで, 連立一次方程式という慣れ親しんだ題材でそれを学ぶことができるということだ.

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